スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

about

国語教育中心に、いろいろ書き散らしています。お役に立てれば幸い。

質問、異論など、コメント欄、トラックバックにてどうぞ。お待ちしてます!

リンクフリーです。リンクしたこと教えてくださると喜びます。
スポンサーサイト

【教材研究】中島敦「山月記」【解釈・分析】

2014/03/09前書き付記
 研究授業などで、国語科教育指導案を作らなければならない人には役にたつかもしれません。基本となる教材分析が大切となる。


●山月記読解ガイド
 この作品でやりがちな失敗は、作品のうわずみしか読まずに「主題(テーマ)」だ、「象徴だ」「教訓だ」、と感想解釈にいってしまうこと。本文から離れたところで、悪い言い方をすれば「妄想」を語り合うだけに終始してしまう。そういうものも、動機づけなど大事なものであるが、この作品では、もう少し本文に寄り添いながら、分析的に向き合いたい。

 なぜなら山月記みたいな短編作品は、その一文一文に大きな意味と機能があり、非常に緊密に構成された、遊びのない物語だからだ。このような作品のギミックとレトリックをよみ、「感想解釈」だけでは到達できないところに学習者を連れていくことが求められる。

 でなければ、「研鑽し切磋琢磨しないと悲惨な目にあうんだなぁ」といった、浅い読みで終わってしまう。
 これでは当然、「文学作品を読んだこと」にはなりません。読む力もはぐくまれない。その授業を言い表せば「文学を“利用して”、何か別の力を育てた」といったところだろう。(もちろん、それで子どもたちの国語力(話す力聞く力書く力)が育まれるなら問題はないのだけれど。)

 「文学を読ませたい」と願うなら、いつでも「なぜこのタイトルでなくてはならなかったのか」という、「タイトルの必然性」を、最終的に発見できる授業を目指すのも一つ。なぜ「山月記」は、「山月記」でなければならなかったのか。「トラになった男」とか、「李徴」では、そうしてダメだったのか。
 (仮に主題を先ほど述べた「「研鑽し切磋琢磨しないと悲惨な目にあうんだなぁ」と捉えてしまうと、タイトルが「トラになった男」でもかまわないことになる)


 以下、ずいぶん昔に書いた分析解釈の簡略版です。ご参考までに。作品をメタ的に捉える解釈。
 読まれる場合は、本分を手元に置いておいたほうがいいです


本文はこちらからどうぞ
青空文庫「山月記」


---------------------------------------------------------

続きを読む

古典を教えるということ

恩師の一人、s田先生のお言葉の引用。
古典に関して
---------------------------------------------------------------------------
古典教育なんだけど、必ずついて回る質問は、まぁ、それが結構シビアな課題だからなんだけど、「子どもたちに古典を学ぶ意味をどうやって感じさせるか?」です。

最近私が考えている、その問いに対する答え。「10数年足らずしか生きていない子どもたちが、何に意味があり、何が無意味なのかを判断するべからず」
教育は、サービスの提供→サービスの消費の関係を結ばないのだから。

古典文学が意味があるのかどうかは、それとぶつかってみるまでは、誰にも分からないこと。浸ってみて、そこに何らかの意味を見いだす「かも」しれない。程度にしか、教師には約束できない。少なくともその教師が、その古典に意味を見いだしているのが条件。

教育は、既に確定してしまっている価値あるものを伝達すること「だけ」が役割ではない。まだ誰も見つけていない「価値」と出会うかも知れない可能性を無限に作り出していくこと。矢野智司はそれを「生成としての教育」と呼んだのだ。

子どもを教育サービスの単なる「消費者」にしないために、どんな取り組みが必要か。価値も意味も、あらかじめ予定できない所に「生成」するかもしれない、「可能体」としてか存在しない。教師は、そうした「生成」の場が、失速しないように、色あせないように、かき回しかき乱すのが仕事なんだと思う。
---------------------------------------------------------------------

「国語の力」を明確に

 授業のすべての時間、全ての学習活動が、子どもたちの読む力、書く力、聞く力、話す力を伸ばすものでなくてはならない。
 その上、二兎を追ってはならない。

 「この学習活動は、読む力と書く力を育てます」
 そんなすごい学習活動はない。そう見えるなら、その学習活動に効果はない。

ゆさぶりをかけつづける

揺さぶりをかけないと、学びは促進しない。

常に問い返し、揺さぶりをかけ続けること。

そこに思考が生まれ、学びは深まる。
カテゴリ
プロフィール

ベッキャ

Author:ベッキャ
国語教育専攻です

最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。